第107回元気LINE「帝国ホテル厨房物語」

元気LINE

おはようございます!
2月1日月曜日 8時28分(ニャー)
ねこたろう🐱の元気LINE107回目です。
今回はフランス料理界の重鎮で60年余にわたり帝国ホテルの味を守り続けてきた「ムッシュ」こと村上信夫さんの「帝国ホテル厨房物語」よりです。


1921年生まれの村上さんは12歳で浅草ブラジルコーヒー→銀座つばさグリル、新橋第一ホテルを経て18歳で帝国ホテルの見習いとなりました。
帝国ホテルは当時も一流の料理人・一級の設備があり、「ここにもパリがある」と評されるほど。
村上さんは、はりきって修行しましたが、最初は鍋洗いから。先輩の技が盗めると思ったが、まわってきた鍋にはせっけん水や塩を入れられていたので、ソースの残りの味見もできず‥それでもひたすら鍋を洗い続けました。休み時間も休まず磨き続けました。徐々に調理場にピカピカにきれいな鍋が目立ち始めたある日、村上さんのところに、ソースがほんのちょっぴり残った鍋が回ってきました。今まではせっけん水や塩がまじった鍋だけでしたが、「おまえには料理人の心が分かっている」と親方にも認めてもらい、それからはソースが残った鍋がそのまままわってくるように!

村上さんはしっかりその残りソースの味を覚え、こっそりメモをして勉強していきました。しかしそこで戦争がはげしくなります。
村上さんも入隊して、最前線に行くことへ。弾丸があたり負傷しましたが、「生きているので運がいい」と前向きに考えていました。戦場では料理も作り、その結果命拾いしたこともありました。
しかし敗戦になり、シベリアに送られます‥。環境は劣悪で次々と死んでいく仲間。
そんな中でも機嫌よく笑顔をつくり作業をこなします。ソ連兵からも「ハラショー、働き者」と評価され月給もでるようになりました。
ここでも料理の芸が身を助け、仲間やソ連兵からもよろこばれます。
そして零下数十度の環境なので、凍った食材をどのように解凍したら味が落ちないかを研究しはじめます。これが後の東京オリンピックでの冷凍庫を使った選手への料理などに役立ちました。
どんな状況でも前向きにとりくむ姿勢が結ばれているのだなと思いました。
本書はそんな波瀾万丈の人生と帝国ホテル(フランス料理)の歴史を知ることができます!
帝国ホテル行ってみたくなりました‥

デハデハ今日もありがとうございました!

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2021年2月1日配信分より編集

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