第182回元気LINE「穂積陳重」

元気LINE

おはようございます!
7月11日月曜日 8時28分(ニャー)ねこたろう(ฅ’ω’ฅ)の元気LINE182回目です。

今日は穂積陳重さんの誕生日です。
全国的な知名度はあまりないかもですが、僕の生まれた宇和島出身なので、地元では有名な人です(学校で教わります)。

1855年愛媛県宇和島出身で、大学南校・開成学校(のちの東大)を経てロンドン留学でバリスター(法廷弁護士)の資格を得て、ドイツベルリン大学を卒業し帰国の経歴を持つ日本初の法学者の1人です。妻は渋沢栄一の長女歌子です。

穂積陳重を有名にしたのが「大津事件」です。

当時ロシア皇太子が日本の警察官に突如切りつけられ、大問題になりました。当時の超大国ロシアを敵にまわしたら大変と、犯人を死刑にしろとの政治的圧力がありました。山形のある村では、犯人の姓名を命名すること禁じたり、ロシアに詫びるために京都府庁の前で自殺する若い女性がでたりなど混乱していました。
そんな中、大審院院長の児島惟謙(同じく宇和島出身)は、穂積陳重に意見を求めます。

法律では、一般人の規定しかなく相手がロシア皇太子だろうが一般人同士の扱いになります。穂積は「政府の圧力に屈せず、法に照らして裁判なされるよう」と進言。児島惟謙は「法治国家として法は遵守されなければならない」との立場から無期懲役の判決を出します。

結果日本の司法権の信頼を諸外国に高めたことになりました。

また、穂積陳重で有名なエピソードは、死後銅像を建立したいとの申し出がありましたが、遺族は穂積の生前の「老生は銅像にて仰がるるより万人の渡らるる橋となりたし」言葉から固辞し、代わりに改築中の橋を「穂積橋」とするとこになりました。この橋は僕の実家のすぐ近くにあります。

(ご参考)

国登録 穂積橋 - 宇和島市ホームページ | 四国・愛媛 伊達十万石の城下町

今の時代だからより考えさせられるエピソードでした!

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