第162回元気LINE「サラ金の歴史」

元気LINE

おはようございます!
2月21日月曜日 8時28分(ニャー)ねこたろう(ฅ’ω’ฅ)の元気LINE162回目です。

今回は小島庸平「サラ金の歴史」よりです。

 

 

サントリー学芸賞も受賞の本で読み応えありました(久しぶりに中公新書を読みました)。

サラ金は「サラリーマン金融」の略ですが、高利貸しでイメージはよくないと思います。
莫大な数の被害者を生む一方、お金に困っている人の受け皿になってきました。

返済能力が低いとリスクも高く、担保もなければ普通はお金を借りれません。

世界で見ても、発展途上国では望んでも金を借りられない貧困層に対し、金を貸して所得を増やす機会を提供することを「金融包摂」と呼び、重要な課題でした。
そして、バングラデシュのグラミン銀行では5人グループに連帯責任を負わせてお金を貸すという方式を実現。その金利は年20%と今の大手サラ金より高利です。しかし、この方式を編み出したムハマド・ユヌスは貧困削減への貢献でノーベル平和賞を受賞しています。
貧困者に無担保で小額の資金を貸し付ける「マイクロクレジット」は、成功すればノーベル賞が与えられるほど、困難な事業でした。

そんな困難なことを日本のサラ金は国内でなしとげ急成長をしてきました。外資が参入しても、それを駆逐してくほどの強さを持っていました。
(結局はその技術も銀行の傘化になり吸収されましたが…)

本書ではそんなサラ金の歴史を①金融技術②人の2つの観点から述べています。

古代の「私出挙(貸稲)」から始まる長い歴史があります。ただ、現代のサラ金の源流は顔見知りで行われる個人間金融にあります。戦前は親戚知人であっても利息がとられてあり、なんと年利が120%に至る事もあったそうです。この「素人高利貸し」が「玄人化」したのがサラ金でした。

戦後は質屋・月賦から団地金融へ。そこから高度経済成長や不況、そして現代に至るまで家族の形も大きく変わってきました。サラ金もそれに対応して変化していくなど、家計の歴史の勉強にもなりました。

僕の学生時代は街を歩いていたら、消費者金融のティッシュが「いってらっしゃいませ!」と配られていましたが、過去の存在になりました。

このあたりの盛衰も本書にかかれてあるのでぜひ!

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2022年2月21日配信分より編集

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