おはようございます!
9月28日月曜日 8時28分(ニャー)
ねこたろう🐱の元気LINE89回目です。
今回は「家康の経営戦略」です。
作者の大村大次郎さんは、元国税調査官!
お金・財政の観点から家康・江戸時代を分析しています。
戦国時代というと、武力がメインのイメージですが、戦をするのにも兵を雇ったり武器をつくったりするのにお金が必要にです。
この財政力ですが、鎌倉幕府が300万石、室町幕府になると200万石🍚
信長で400万石になりますが、これは家臣を含んでの金額です。秀吉になると222万石。天下統一というと、全て自分のもののように思うかもですが、あくまで領地は大名が持ち、それをたばねるというだけなんですね。信長も秀吉も領地をあたえてきたんですね。
そんな中、家康の江戸幕府は直轄だけで400万石、徳川勢力ではなんと800万石🍚
さらに鉱山や港もおさえました。関ヶ原の戦いですが、なぜ当時1番天下に近かった家康は急いで石田三成をうつ必要があったのか、諸説ありますが、作者の考えは三成が堺の港を押さえていたことだそうです。当時は貿易といえば大阪でした。家康の江戸は当時僻地でしたしね‥。
鉄砲の材料もここで取引されていて、三成はここを押さえて物資の封鎖を実質していたそうで、それを恐れました。
関ヶ原では毛利も退け、世界遺産でもある石見銀山も手に入れることができ、貨幣制度も整えられました。
今でこそ東京といえば大都市ですが、当時の江戸は僻地で、家康の時に都市整備されました。
ちなみに、有名な山手線ですが、ナマエノ由来はもともと東京は小高い山が多い場所だからだそうです。そして、江戸以降埋めたてられた土地が現在の下町(丸の内や大手町もこの時に!)だそうです。知りませんでした‥。東京は平らだと思ってましたが、確かに渋谷や神楽坂とか坂が多い場所ですよね‥。
土木工事・都市開発や財政・金融政策など進んでいて、江戸は世界初の100万人都市を超え、人々も同時期の世界に比べれば豊かだったそうです。「お伊勢参り」もこの頃ブームになりましたが、農民が旅行にいくというのは世界では考えられなかったそうです。
本書では家康ならではの取り組みもありますので、また別の機会にもお話しますね!
今週もありがとうございました!!
感想リクエスト✉️などお気軽に!大切な方にご紹介頂けるとうれしいです🐈️
2020年9月28日配信分より編集
登録はこちらより↓毎週月曜日8時28分に配信してます!



コメント